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自分の思う老いてゆくこととは

2016年5月25日 - 日記

人間の脳ももちろん物理的に考えるのならば形あるもの、物質である。であるならば当然肉体と同様時と共に退化してゆく。おそらく意識しなくとも記憶力、反射的なすばやさなどは時と共に衰えるのであろう。しかし理性というべきか、動物にはない人間固有の能力は時と共に自然に退化するものではない。むしろ若い肉体と同様鍛えれば鍛えただけ洗練されてゆく。

ここを履き違えてはいけない。この理性の部分を自身の肉体的な衰えと都合よく混同させて鍛錬を怠り、物理的な下り坂に自ら恣意的に委ねて、戻しようのない人生につじつまだけを合わせて生きている。そんなおっさんおばさんをどれだけ日々目にすることか。

外見は内面を映す鏡。語らなくとも生き方、イデオロギーまでを表現する。ゆえにその責任も自分にあるのだ。肉体的、外見的にどうあるか、またどうありたいかは、結局は内面的にどう生きているかを自分で具現化しているのだ。それは決して若作りとかという幼稚な作業ではなくむしろ逆で歩み続ける人生の道端に様々まものを削ぎ落として捨てていく作業のような気がする。